お盆の夜に想う事

お盆の夜に想う事

いつもはなるべく役立つ情報の発信を心がけていますが、お盆休みということもありますし、

今日はお盆の涼しい夜風にあたりながら、感じた事をゆるーく書きたいと思います。(べ、別にネタがなくなったとかじゃないからね!!)

 

昨年の11月、父が突然他界しました。胆管がんでした。

正確に言えば突然他界したわけではなく、発見からおよそ4か月間闘病していました。

ですが、その甲斐も空しく、父は旅立ちました。最期の顔は眠るように安らかだったことを鮮明に思い出します。

 

身近な人の死は、今までに何度か経験していて、その度、同じことを感じます。

「人間、生きてこそだな。」と。

安らかに眠る仏様の顔を見て、毎回、なんだか不思議な気持ちになります。

物質としては存在しているのに、もう、そこには存在していない感じ。

こんな事を言うと、語弊があるかもしれませんが、

人間は生きていないと炭素の塊なんだなと、感じてしまいます。

目の前にいる父は、すでに父ではない、、父の入れ物、、という感覚。

 

悲しみにくれる頭の中にどこか冷静な自分がいて、「死」がもたらす、空虚感というか、虚無感というか、、

何も生み出さない、「終わり」という感じとか、、

心に穴が開いたような感情にストンと吸い込まれそうになります。

 

上手く言えないのですが、普段は色々と難しいことを考えてジタバタするけども、人間、生きて、死ぬ。それだけのシンプルな事なんだな。と感じたり、

普段は自分やその周りの事しか考えていないけども、アングルを少し引いてみると、大きな川の流れの一滴にすぎないんだな。と急に色んな事がどうでもよくなったり。。

 

人の死に直面すると、悲しみだけではなく、色々なことを考えざるを得ません。

 

人間も死んでしまうと虫やその他の動物と変わらず、炭素になって土に還っていくんだなと思うと、

やっぱり、人間、生きてこそだな。と思います。

意味や意義のある死なんてあるのかしら?と考えてしまうのです。

 

だからこそ、今日、生きている日を後悔しないように、大切にしたい。と強く想うのでした。

 

ちなみにわが実家の初盆は

賑やかな場所とお酒が好きな父が、間違って行きつけのスナックに帰らないように、、ということで、

仏壇の前にはお酒がたくさん並び、盆提灯やLEDの胡蝶蘭でライトアップされ、スナック顔負けのド派手さです。笑

 

準備を進める母を見ると、供養って生きている人のためのものなんじゃないかなーと感じたり。

そんなお盆です。

父がスナックに寄らず、まずは我が家に帰ってきますよーに!!